退職勧奨に応じる際は退職届ではなく退職合意書を提出すべき理由

2024年05月30日
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退職勧奨に応じる際は退職届ではなく退職合意書を提出すべき理由

兵庫県労働局が公表している「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、民事上の個別労働紛争の相談件数は、1万2217件でした。そのうち、退職勧奨に関する相談は1109件もあります。

会社から退職勧奨を受け、退職を受け入れることを検討されているとき、会社から退職届を提出するよう求められている方がいるかもしれません。しかし、退職勧奨に応じる場合には、退職届ではなく退職合意書を提出することをおすすめします。主な理由としては、退職条件を明確にすることと、自己都合ではなく、会社都合による退職であることを明確にするためです。

本コラムでは、そもそも退職勧奨とは何か、退職勧奨に応じる場合は退職届ではなく退職合意書を提出すべき理由などについて、ベリーベスト法律事務所 姫路オフィスの弁護士が解説します。


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1、退職勧奨に応じた場合、退職届は必要?

そもそも、退職勧奨に応じて退職する場合に、退職届の提出は必要なのでしょうか。

  1. (1)退職勧奨とは

    退職勧奨とは、会社が労働者に対して面談を設けるなどして、退職するよう促すことをいいます。解雇とは異なり、退職勧奨には、労働契約を一方的に終了させる効果はありません。

    そのため、退職勧奨に応じて退職するかどうかは、退職勧奨を受けた労働者の自由ですので、退職する意思がない場合には、退職を拒否することができます

    なお、退職勧奨に応じて退職した場合には、雇用保険の手続き上、「会社都合退職」として扱われますので、失業手当を受給する際に、自己都合での退職に比べて有利な取り扱いを受けることができます。

  2. (2)退職届の提出は法律上必須ではない

    退職勧奨を受けて退職する場合に、会社から退職届の提出を求められることがあります。

    しかし、退職勧奨を受けて退職する場合であっても、退職届の提出は、法律上必須の手続きではありません。退職届を提出しなかったとしても、会社に対して退職の意思表示さえしていれば、法律上は有効に退職することができます。

    退職勧奨に応じて退職する際に退職届を提出してしまうと、見かけ上、労働者が自ら退職を申し出たような形になってしまい、雇用保険の手続き等において「自己都合退職」と扱われてしまうリスクがありますので、注意が必要です。そのため、退職勧奨に応じる場合には、退職届を提出するのではなく2章で後述する「退職合意書」を作成することをおすすめします。

  3. (3)退職届を出した方がよいケース

    退職勧奨に応じて退職する場合には、会社に退職合意書の作成を求めるべきですが、例外として、労働者の側に明確な解雇事由が存在している場合には、会社の求めに応じて退職届を提出することも検討してよいでしょう。

    解雇事由が存在している場合には、退職届の提出を拒むことで、会社の判断により退職ではなく解雇とされてしまうリスクがあります。解雇されてしまうと、退職条件の交渉などをすることもできず、会社側の意思によって一方的に労働契約が終了させられてしまいますので注意が必要です。
    もっとも、解雇事由が存在するといえるかどうかについては専門的な判断を必要としますので、事前に弁護士に相談することをおすすめします。

2、退職勧奨による退職時は退職届ではなく『退職合意書』を交わすべき理由

退職勧奨によって退職する場合には、退職届ではなく退職合意書を交わすことをおすすめします。

  1. (1)退職届と退職合意書の違い

    退職届とは、退職を希望する労働者による退職の意思が表示された書面です。期間の定めのない労働契約を締結している労働者は、退職日の2週間前までに退職の意思表示をすることによって、退職理由を問わず、自由に退職することができます。

    退職届は、労働者が会社に対して退職の意思を表示したことを客観的に明らかにするために提出する書面です。

    一方、退職合意書とは、会社と労働者との間で退職の合意が成立した場合に、その合意内容を記載して作成する書面です。

    退職届も退職合意書も労働者の退職の意思が表示された書面という点では共通しますが、退職合意書には、退職およびその条件(退職金、未払い賃金の有無、有給休暇の消化など)について合意したという会社側の意思表示も記載することができる点で異なります

  2. (2)退職合意書を交わすべき理由

    退職勧奨に応じて退職する際に退職合意書を交わすべき理由としては、以下の点が挙げられます。

    ① 退職条件を明確にしてトラブルを防止するため
    退職届には、労働者による退職の意思が表示されているだけですので、退職届を提出しただけでは、退職条件が客観的に明示されていない状態になります。
    退職勧奨に応じて退職する場合には、通常の退職に比べて優遇された退職条件が提示されることがありますが、会社から提示された退職条件に納得したからこそ退職したにもかかわらず、後日提示された条件と異なる扱いをされたとき、退職届だけでは、会社と合意した退職条件を証明することができない可能性があります。
    退職合意書には、会社と労働者との間で退職条件について合意した内容を具体的に記載することができますので、後日退職条件をめぐってトラブルが生じるという事態を回避することができます

    ② 退職勧奨による退職であることを明らかにするため
    退職届は、労働者によって作成されるものですので、退職届に記載されているのは、労働者の退職の意思表示のみです。退職届に具体的な退職条件や退職理由を記載したとしても、会社側が同じように認識しているかどうかは記載内容からはわかりません。
    そのため、会社側が退職勧奨による退職として取り扱うと確認したことを明示しておくためにも、退職届ではなく退職合意書を作成する必要があります。
  3. (3)退職合意書にはどのようなことを記載すべきか

    退職合意書に記載すべき事項としては、以下のものが挙げられます。

    ① 退職の合意
    会社と労働者との間で退職の合意に至ったことを明らかにするために、退職の合意を記載します。その際には、いつ退職するのかを明らかにするために退職日の記載も必要です。

    ② 退職理由
    退職勧奨に応じて退職する場合には、雇用保険の手続き上、「会社都合退職」と扱われます。退職合意書では、そのことを明らかにするために、退職理由についても記載しておきます。

    ③ 退職日までの出勤の要否
    退職合意書で定められた退職日までの間、労働者が会社に出勤するかどうかを記載します。未消化の有給休暇がある場合には、有給休暇の消化方法や後任者への引き継ぎなどについても記載します。

    ④ 退職時の金銭交付
    退職金規程のある会社であれば、通常は退職金規程に従って退職金が支払われることになりますが、退職勧奨に応じて退職する場合には退職金の上乗せなどが行われることもありますので、そのような場合には、会社と労働者で合意した内容を記載します。

    ⑤ 私物・貸与品の扱い
    会社に私物が置いてある場合には、いつまでに持ち帰るのか、期限を過ぎても残っている私物がある場合にはどうするのかなどを記載します。また、会社からパソコンやスマートフォンなど物品の貸与を受けている場合には、返却期限や返却方法などを記載します。

    ⑥ 清算条項
    退職合意書に定めるもの以外には、会社と労働者との間に一切の債権債務がないことを確認する文言を清算条項といいます。これによって、退職後に会社から請求を受けるおそれはなくなりますが、未払い賃金などがある場合でも、労働者から会社に対して支払いを請求することができなくなってしまいます。
    そのため、清算条項を入れる場合には、残業代などの未払いが生じていないかなどをしっかりと確認してからにしましょう。

3、退職届を出してしまったときはあきらめるしかない?

すでに退職届を提出してしまったという方も、あきらめる必要はありません。

退職することには納得しているのであれば、別途退職合意書を作成するという方法もあります。

退職届を提出しただけでは、具体的な退職条件が未確定な状態ですので、いずれにしても会社と話し合って具体的な退職条件を決めていく必要があります。会社との間で退職条件についての合意が成立した時点で、退職合意書を作成すればよいでしょう。

なお、退職届が人事部長など権限のある人によって受理されてしまうと、それ以降の退職の撤回は原則としてできなくなってしまいますので、退職届を提出する場合には、十分に検討したうえで行うことが大切です

4、退職勧奨に応じる必要はある? 改めて考えておきたいこと

会社から退職勧奨を受けた場合には、感情的になってしまい、退職に応じてしまうこともあるかもしれません。しかし、退職勧奨を受けた場合には、本当に退職する必要があるのかどうかを、冷静になって考えてみる必要があります。

退職勧奨は、あくまでも会社から労働者への退職のすすめですので、退職を希望しない場合には、自由に拒否することができます。

会社から「退職勧奨に応じなければ解雇になる可能性が高い」などといわれることがありますが、解雇をする場合には法律上の厳格な要件をクリアする必要がありますので、会社側が自由に解雇することができるわけではありません。退職勧奨による退職をすすめているということは、直ちに解雇することが難しいと考えているからかもしれません。

解雇されるリスクがあるかどうかについては、専門的な判断を要する事項になりますので、弁護士に相談をすることをおすすめします。弁護士に相談をして、弁護士のアドバイスを受けながら退職勧奨に応じるかどうかを考えていくとよいでしょう。

5、まとめ

退職勧奨を受けて退職する場合には、退職届を提出するのではなく退職合意書を作成することをおすすめします。退職条件など会社との合意内容を明確にしておくことや、「自己都合退職」か「会社都合退職」かを明確にすることができるためです。

また、退職勧奨を受けて退職するかどうかを悩んでいるという方は、一度、弁護士に相談をしてみるとよいでしょう。退職勧奨に応じるメリットや応じなかった場合の解雇のリスクなどを適切に判断してもらうことが可能です。

会社から退職勧奨を受けてお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 姫路オフィスまでお気軽にご連絡ください。労働問題についての知見が豊富な弁護士が、あなたの状況に適したアドバイスを行います。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています