緊急避難とは|成立要件・正当防衛との違い・事例などを解説
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兵庫県における令和4年の犯罪検挙件数は14504件となっており、全国で5番目に多い検挙件数となっています。
しかし犯罪になる行為をしても、必ず処罰されるわけではありません。一定の条件を満たす場合は、その行為について「違法性がない」と判断され、処罰されない可能性があります。
たとえば、センターラインを越えてはみだしてきた対向車と衝突しそうになり、とっさにハンドルを切った先で歩行者に接触し怪我をさせてしまえば、人身事故の加害者として責任を負う立場になります。しかし事故の原因は「危険を回避するため」だったのだから、刑を科せられるのは納得できないはずです。
このようなケースでは「緊急避難」が成立するかどうかが問題になります。本コラムでは、緊急避難に注目しながら、成立の要件や混同しやすい正当防衛との違いについても、法律事務所ベリーベスト 姫路オフィスの弁護士が解説します。
1、緊急避難とは
まずは「緊急避難」の意味や法的な効果を確認しておきましょう。
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(1)緊急避難の意味
刑法には犯罪の不成立や刑の減免を受けられる条件が定められています。そのひとつが「緊急避難」です。
緊急避難とは?
自己または他人の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難を避けるためにやむを得ずした行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を越えなかった場合に限り、処罰しないという考え方
緊急避難の意味をわかりやすくたとえたのが古代ギリシアの哲学者が考え出したといわれる「カルネアデスの板」という問題です。
海で1隻の船が難破し、乗組員は海へと放り出されてしまいました。Aが海でもがいていると、1枚の舟板が流れてきます。必死の思いで舟板につかまったAでしたが、同じように海に放り出されたBも同じ舟板につかまってきました。
舟板は、1人が助かるには十分な大きさでしたが、2人を支えるには不十分で沈んでしまいます。そこでAはBを突き飛ばしました。Aは一命をとりとめたものの、Bは溺死してしまいます。この場合、AはBに対する殺人の罪を問われるのか、というのが「カルネアデスの板」です。
この例題を緊急避難に照らすと、Aは殺人罪で処罰されることはありません。 -
(2)緊急避難の法的な効果
刑事上の緊急避難を定めているのは刑法第37条1項です。同条によると、緊急避難が成立した場合は「罰しない」、つまり「無罪」が言い渡されます。
このように、行為そのものは法律の定める犯罪の要件を満たしても、違法性が否定されるため処罰されないことを「違法性阻却事由」といいます。
なお、緊急避難は「業務上特別の義務がある者」には適用されません。これは、警察官・自衛官・消防官などのように、危険に赴くべき社会的責任を負っている職種の者が、緊急避難を理由にその義務を回避することは許されないという規定です。
2、緊急避難の成立要件
緊急避難が成立するか否かは、法律の定めに照らして厳格に判断されます。ここで挙げる4つの要件を満たしていなければ、緊急避難は成立しません。
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(1)「現在の危難」が存在すること
法益が侵害される危険がまさに切迫している状況を、現在の危難といいます。「現在」を対象としているため、過去・未来における危難は対象となりません。また「危難」は違法なものはもちろん、違法でなくても対象に含みます。
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(2)「避難の意思」があること
自己または他人の生命・身体・自由・財産を「守るため」という意思が必要です。これを「避難の意思」といいます。
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(3)ほかに方法がなかったこと
緊急避難が認められるには、現在の危難を回避するためには「ほかに方法がなく、やむを得ずしたこと」でなければなりません。これを「補充の原則」といいます。
冒頭に挙げた交通事故の例示に照らすと、対向車との衝突を避けるには警告・停止などの方法をとる時間はなく、急ハンドルを切って路外に退避するしかなかったといった状況が必要です。 -
(4)発生した害が同程度以下であること
避難の意思にもとづく行為によって生じた害が、避けようとした害の程度よりも小さいこと又は避けようとした害と同程度であることが必要です。これを「法益権衡の原則」といいます。
なお、緊急避難を主張できる状況でも、実際に生じた害が避けようとした害の程度を超えてしまったときは「過剰避難」です。過剰避難は、無罪にはならないものの、情状によりその刑を減軽・免除することができると定められています。
3、正当防衛とは? 緊急避難との違い
緊急避難と混同しやすいのが「正当防衛」です。やはり緊急避難と同じく違法性阻却事由のひとつとして位置づけられていますが、意味や適用されるシチュエーションが異なります。
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(1)正当防衛の意味や要件
刑法第36条1項は、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ずした行為は罰しないと定めています。これが「正当防衛」の根拠です。
「急迫不正」とは、違法行為による法益侵害が切迫している状況を指します。「自己または他人の権利」とは、生命・身体・自由・財産に限らないとするのが定説です。 -
(2)緊急避難との違い
正当防衛と緊急避難を区別するのが「やむを得ずにした行為」の考え方です。
緊急避難では「ほかに方法がない」という補充の原則が求められますが、正当防衛では防衛行為が侵害排除・法益保護のために必要かつ相当なものであれば足りるとされています。
つまり「やむを得ない」とする状況について、正当防衛のほうがいくぶんか緩やかだといえるでしょう。
4、緊急避難は認められにくい? 事例と弁護士の必要性
危険を回避するためにやむを得ずした行為について罪を問われているなら、緊急避難を主張したいと考えるのは当然かもしれません。
しかし、本来であれば刑罰が科せられる行為について「罰しない」という特別な扱いを受けるものなので、容易に認められるわけではないというのが現実です。
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(1)緊急避難が認められなかった事例
ここで、交通違反について緊急避難が認められなかった事例を紹介します。
平成16年11月、車の運転中に起きた交通トラブルが原因で、相手方から「降りてこい」と脅され、怒鳴られたり、窓ガラスに空き缶を投げつけられたりした被告人が、相手から一刻も早く離れようとして逃げた際に、最高速度を時速46キロメートルもオーバーしたという事例です。
被告人は、緊急避難にあたるため無罪であり、少なくとも過剰避難として刑が減軽・免除されるべきと主張しましたが、裁判所は次のような点に注目して緊急避難を認めませんでした。- 現場から離脱すれば当面の危険は回避できたし、追跡を受けたとしても横道に入るなどして相手を引き離すことも可能だった
- 信号停止などで追いつかれたとしても、ドアロックをかけて身を守りながら、携帯電話などで助けを呼ぶこともできた
- すでに相手を大きく引き離しているにもかかわらず、大幅な速度オーバーを犯した
- ほかの車両などと接触する事故を起こせば死亡事故につながる危険性もきわめて高かった
なお、この事例では緊急避難だけでなく過剰避難も認められませんでした(神戸地裁平成17年10月24日)。
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(2)緊急避難を主張するなら弁護士のサポートは必須
緊急避難は、本来であれば犯罪として厳しく処罰されるべき行為を「罰しない」とする特別な扱いです。単に「仕方がなかった」というだけで容易に認められるわけではありません。
緊急避難を主張するには、現在の危難・避難の意思・補充の原則・法益権衡の原則といったさまざまな要件を満たす必要があるため、深い知識と経験が必須です。個人で対応しても望んだ結果を期待するのは難しいので、弁護士にサポートを依頼しましょう。
弁護士に相談すれば、緊急避難を主張するためのポイントを押さえた証拠収集や、捜査機関・裁判官へのはたらきかけなどが期待できます。
事件から時間が過ぎてしまうと現場の証拠が失われたり関係者の記憶もあいまいになったりするので、素早い対応が必要です。できる限り早期に弁護士に相談してアドバイスを受けながら、必要なサポートを求めましょう。
5、まとめ
まさに今そこに迫っている危険を回避するために取った行動は、たとえ法律に照らすと犯罪に該当するとしても「緊急避難」として処罰を受けず、無罪になることがあります。
ただし、危険を回避するためにはほかに方法がない、実際に生じた害が回避しようとした害よりも小さいといった条件があり、簡単には認められないのが現実です。
刑事事件や交通事故の加害者として嫌疑をかけられてしまい、緊急避難を主張したいと考えるなら、弁護士のサポートが欠かせません。ただちに刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所 姫路オフィスにご相談ください。弁護士・スタッフが一丸となって解決をお手伝いします。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています