預金を引き出したら相続放棄はできない? 引き出し可能なケースと方法

2022年07月21日
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預金を引き出したら相続放棄はできない? 引き出し可能なケースと方法

被相続人が亡くなったときには、家族などが葬儀費用や入院費用の支払いをしなければならないことがあるため、手持ちの現金がない場合には、被相続人の生前に預金を引き出しておいて支払おうと考えるかもしれません。

しかし、相続放棄を考えている場合には、被相続人の預金を引き出してしまうと、相続放棄が認められなくなるリスクがありますので注意が必要です。

今回は、預金の引き出しと相続放棄との関係について、ベリーベスト法律事務所 姫路オフィスの弁護士が解説します。

1、預金を引き出すと相続放棄ができなくなる?

相続放棄をすることができなくなるかどうかは、「法定単純承認」に該当するかによって異なります。

  1. (1)相続の方法

    相続人は、被相続人の相続に関して、「単純承認」、「相続放棄」、「限定承認」という3つの方法から相続方法を選択することができます。

    ● 単純承認とは
    被相続人のすべての権利義務を承継する方法であり、相続人は、プラスの財産だけでなくマイナスの財産についても相続することになります。

    ● 相続放棄とは
    被相続人のすべての権利義務を放棄する方法であり、相続人は、マイナスの財産を相続する必要はなくなりますが、同時にプラスの財産も相続することができなくなります

    ● 限定承認とは
    相続人が相続により得たプラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続するという方法です。限定承認は、単純承認および相続放棄とは異なり、相続人全員で行わなければなりません。手続が複雑であるなどの理由から、実際にはあまり利用されていません。
  2. (2)法定単純承認に該当する行為があった場合には相続放棄ができない

    単純承認、相続放棄、限定承認のいずれの方法を選択するかは、原則として相続人の意思に委ねられていますが、以下のような事由に該当する場合には、相続人の意思にかかわらず、自動的に単純承認があったものとみなされます。これを「法定単純承認」といいます。

    法定単純承認となりうるのは、以下のようなケースです。

    • 相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
    • 相続人が定められた期間(熟慮期間)中に相続放棄または限定承認をしなかったとき
    • 相続放棄または限定承認をした相続人が相続財産の全部または一部を隠匿、消費したとき


    相続人の遺産である預金を引き出した場合には、原則として相続財産の全部または一部の処分と扱われますので、法定単純承認に該当して、相続放棄ができなくなります

  3. (3)生前贈与を受けていた場合

    財産管理をしていた人などが、被相続人から生前に財産の贈与を受けていることがあります。生前贈与により被相続人の財産の一部を取得しても、法定単純承認には該当しませんので、相続放棄をすることが可能です。

    ただし、相続放棄をした場合でも、生前贈与が他の相続人の遺留分を侵害する場合には、遺留分侵害額請求を受ける場合があります。

    また、被相続人に多額の借金があることを知ったうえで生前贈与を受けたケースのように、生前贈与によって債権者が害されることを知りながら贈与をした場合には、債権者が詐害行為取消権を行使することによって生前贈与が取り消されることもあります。

2、ポイントとなるのは預貯金の使い道

預金引き出しが法定単純承認に該当するかどうかは、引き出した預貯金の使途がポイントになります。

  1. (1)病院代や施設費を支払う場合

    被相続人が死亡前に入院していた場合や施設に入所していた場合には、死亡時に精算の終わっていない病院代や施設費といった債務が生じることが通常です。

    しかし、被相続人自身の病院代であっても、被相続人の預金を引き出して支払いをおこなってしまうと、被相続人の財産を処分する行為として法定単純承認に該当すると判断されるおそれがあります。

    このため、相続放棄を考えている場合、被相続人の病院代などについては、被相続人の財産から支払わないほうが安全です。相続放棄をするのであればそもそも被相続人の病院代などについても支払いの義務を負いませんが、もしも何らかの理由で支払いをするのであれば、必ず自分の財産から支払うようにしましょう

  2. (2)葬儀費用を支払う場合

    葬儀費用を確保するために、被相続人名義の預金口座から預金を引き出しておきたいと考えることがあるかもしれません。葬儀費用の支払いに被相続人の遺産である預金を充てることは、相続財産の全部または一部の処分に該当するとも思えます。

    しかし、葬儀は、社会的儀礼としての必要性が高く、時期の予測が困難であるため、相続財産から葬儀費用を支払ったとしても直ちに相続財産の処分に該当はしないと考えられています。

    ただし、被相続人の社会的地位や生活状況などを踏まえても著しく高額な葬儀であるような場合には、葬儀費用の支払いが相続財産の処分に該当することもありますので、注意しましょう。

    葬儀費用を支払った際には、引き出した預金を葬儀費用のみに使用したことがわかるよう、領収証や明細書を保管しておくことが重要です

3、亡くなった後に預金を引き出す方法

被相続人が亡くなった後は、被相続人が名義人となる預貯金口座は凍結されてしまいますので、預金を引き出すためには、以下のような方法をとる必要があります。

  1. (1)遺産分割協議

    被相続人が亡くなった場合、被相続人名義の預貯金は、被相続人の相続財産に含まれることになります。そのため、被相続人の遺産である預貯金を引き出すためには、原則として相続人全員による遺産分割協議が完了している必要があります。

    かつては、相続人の法定相続分であれば、遺産分割協議を経ることなく相続人が単独で預貯金を引き出すことができましたが、平成28年の最高裁決定によって、預貯金も遺産分割の対象と判断されたため、現在では、このような取り扱いはなされていません。

    相続人による遺産分割協議が完了した場合には、遺産分割協議書を作成して、必要書類とともに金融機関の窓口へ持参して手続きを行えば、預金を引き出すことができます。

  2. (2)預貯金の仮払制度

    預貯金以外にも遺産があるなどの理由により遺産分割方法などで揉めているような場合には、遺産分割協議が成立するまでに長期間を要することになります。しかし、遺産分割協議が成立するまで預貯金の引き出しが一切できないとなると、相続人の当面の生活費や相続債務の支払いができず不利益を被る可能性があります。

    そこで、このような不都合な事態を回避するために令和2年の民法改正によって、新たに預貯金の仮払制度が導入されることになりました。預貯金の仮払制度とは、相続人による遺産分割協議が成立する前であっても、一定の金額については、法定相続人が単独で預貯金の引き出しをすることができるという制度です

    預貯金の仮払制度を利用して引き出すことができる金額は、以下の金額のうち、いずれか低い方の金額となります。

    • 被相続人死亡時の預貯金残高×1/3×その相続人の法定相続分
    • 150万円
  3. (3)預貯金債権の仮分割の仮処分

    預貯金の仮払制度では、引き出すことができる金額に上限がありますので、相続債務の支払いや当面の生活費として金額が不十分であることもあります。そのような場合には、預貯金債権の仮分割の仮処分という制度を利用するとよいでしょう。

    預貯金債権の仮分割の仮処分とは、預貯金を遺産分割前に引き出す必要性がある場合に、家庭裁判所に申し立てをし、家庭裁判所の審判によって預貯金の引き出しを認めてもらう方法です。

    ただし、預貯金債権の仮分割の仮処分を利用するためには、遺産分割調停または審判が家庭裁判所に係属していることが必要となり、判断までに一定の時間を要するため、時間的な余裕がない場合には、預貯金の仮払制度を利用した方がよいでしょう。

4、相続放棄の期限は3か月|手続きに不安があれば弁護士に相談を

相続放棄の手続きに不安がある場合には、弁護士に相談をすることをおすすめします。

  1. (1)法定単純承認に該当するかアドバイスをもらえる

    相続放棄を検討している方は、法定単純承認に該当する行動を控えなければなりません。

    しかし、どのような行動が法定単純承認に該当するかは、法律の専門家でなければ正確に判断することが難しく、自己判断で行動してしまうと、相続放棄ができなくなってしまうリスクが生じます。

    そのため、相続放棄を検討している方は、どのような行動が法定単純承認となりうるのかを弁護士に相談して、アドバイスを得るとよいでしょう

  2. (2)正確な財産調査によって相続放棄をすべきかを判断できる

    相続放棄をするかどうかは、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産のバランスをみてから判断する必要があります。

    そのためには、正確な相続財産調査が非常に重要となります。時間をかければ個人でも相続財産調査を行うことができますが、相続放棄をするためには、相続開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所で手続きをしなければなりません。

    3か月という期間では、財産調査に関する知識と経験がなければ正確な財産調査を行うのは難しいといえます。

    被相続人に債務がないと思い込んでいて、そのまま3か月の期間が経過してしまうと、その後に債務が判明したとしても原則として相続放棄は認められませんので、弁護士に依頼してしっかりと財産を調査してもらうようにしましょう。

5、まとめ

被相続人の預貯金を引き出した場合には、その使途によっては、法定単純承認に該当して、相続放棄が認められなくなる可能性があります。そのため、相続放棄を検討している方は、そのようなリスクを回避するためにも、相続トラブルの解決実績がある弁護士に相談をすることをおすすめします。

相続放棄や遺産相続でお悩みの方は、相続問題に実績があるベリーベスト法律事務所 姫路オフィスまでお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています